定義
ヨーガ・スートラ 1.10 は、眠り(ニドラー)を心のはたらきの一つとして定義する一節です。
原文
अभावप्रत्ययालम्बना वृत्तिर्निद्रा
abhāva-pratyayālambanā vṛttir nidrā
アバーヴァ・プラティヤヤーランバナー・ヴリッティル・ニドラー
逐語分解
- アバーヴァ(abhāva/अभाव) : 不在、非有。a(否定)+ bhāva(あること)
- プラティヤヤ(pratyaya/प्रत्यय) : 心に現れるもの、観念、内容
- アーランバナ(ālambana/आलम्बन) : よりどころ、支え
- ヴリッティ(vṛtti/वृत्ति) : 心のはたらき
- ニドラー(nidrā/निद्रा) : 眠り(夢を見ない深い眠り)
和訳
眠りとは、何も無いという心の内容をよりどころとする、心のはたらきである。
解説
この一節は、しばしば読み手を驚かせます。
眠りが、心のはたらきの一種として数えられているからです。
何も認識していない状態は「心が止まっている」ように思えますが、パタンジャリはそう見ません。
理由は、目覚めたあとに「よく眠った」と言えることにあります。
何も無かったことを、私たちは知っている。ならばそこには「何も無い」という内容(プラティヤヤ)を対象とする、心のはたらきがあったはずだ、という論理です。
ここが 1.2 のニローダ(止滅)を理解する鍵にもなります。
眠りは、ヨーガではありません。 どちらも心が静かに見えますが、眠りは「何も無い」を対象とするヴリッティであり、ヨーガはヴリッティそのものが鎮まった状態なのです(1.2)。
似て非なるこの二つを、パタンジャリはあらかじめ切り分けているわけです。
関連するスートラ
- YS 1.2 : ニローダとの違い
- YS 1.6 : 五種の列挙
- YS 1.11 : 記憶。五種の最後。
🔗リンク
ニドラー(nidrā/निद्रा)
アバーヴァ(abhāva/अभाव)
プラティヤヤ(pratyaya/प्रत्यय)