定義
ヨーガ・スートラ 1.7 は、正しい認識(プラマーナ)の三つの源を挙げる一節です。
原文
प्रत्यक्षानुमानागमाः प्रमाणानि
pratyakṣānumānāgamāḥ pramāṇāni
プラティヤクシャ・アヌマーナ・アーガマーハ・プラマーナーニ
逐語分解
- プラティヤクシャ(pratyakṣa/प्रत्यक्ष) : 直接知覚。prati(〜に対して)+ akṣa(目)
- アヌマーナ(anumāna/अनुमान) : 推論。anu(〜に沿って)+ √mā(measure)
- アーガマ(āgama/आगम) : 聖典・信頼できる人の言葉。ā + √gam(来る)=伝承されてきたもの
- プラマーナ(pramāṇa/प्रमाण) : 正しい認識 ※文中は複数主格 pramāṇāni
和訳
正しい認識とは、直接知覚・推論・信頼できる証言である。
解説
インド哲学に共通する認識論の枠組みです。何をもって「正しく知った」とするか?その手段(プラマーナ)を三つに限る、という立場をパタンジャリは採っています。
学派によって数が違うのが興味深いところです。
チャールヴァーカ(唯物論)は知覚のみを認め、仏教の多くは知覚と推論の二つ、ヨーガとサーンキヤは三つ、ミーマーンサーはさらに多くを立てます。
プラマーナをいくつ認めるかが、その学派の性格を決めるといっても過言ではありません。
三つ目のアーガマは、聖典や信頼できる人の言葉を指します。
自分で見たわけでも推論したわけでもないが、確かな伝承として受け取る知。辞典を編むという営みも、この系列に連なるといえるかもしれません。
関連するスートラ
- YS 1.6 : 五種の列挙
- YS 1.8 : 対になる誤った認識
🔗リンク
プラティヤクシャ(pratyakṣa/प्रत्यक्ष)
アヌマーナ(anumāna/अनुमान)
アーガマ(āgama/आगम)
プラマーナ(pramāṇa/प्रमाण)