定義
バクティ(bhakti)は、神への信愛と献身を通じて心を浄め、解放へと向かう道です。
解説
バクティは「信愛」とも訳され、神や大いなる存在への純粋な愛と献身を通じて解放を目指す道とされます。難解な哲学的知識や過酷な苦行を必ずしも必要とせず、むしろ日常のなかで感謝や祈りを重ね、マントラ(真言)の詠唱(チャンティング)を実践し、心を開いてエゴを手放していくことを重んじます。自分中心の思いを手放し、心を神聖なものへ向けていく、それがバクティの核心です。
インドにおいてバクティは、特定の宗派や体系に属するものではなく、古くから各地で育まれてきた信仰のかたちでした。南インドの詩人聖者たちから、北インドの中世の詩人たちまで、身分や学識を問わず神への愛を歌う人々が、この道を生きてきました。
語源
バクティ(bhakti/भक्ति)は、「分ける・分配する」を原義とするサンスクリットの動詞語根 √bhaj (भज्)に、状態や行為を表す接尾辞 -ti が付いて生まれた語です。√bhaj は「分ける」から出発して、「分かち合ったものに与(あずか)る」「仕える」、さらに「愛する・崇拝する」へと意味を広げていきました。
そのため bhakti という語の根には「分かち合い」の感覚があります。神へ一方的に何かを捧げるだけでなく、信じる者が神との関わりに与り、その恵みを分かち合う、この双方向のつながりこそが、バクティの核にある考え方です。ここから、「献身」「信愛」「帰依」といった訳語が生まれてきました。
関連語
バクタ(bhakta/भक्त)、バガヴァット(bhagavat/भगवत्) ※ともに √bhaj に連なる語
英語表記について
英語では Bhakti と表記され、bhakti はふつう devotion(献身・敬虔)と英訳されます。ただし、この訳は bhakti の一面をよく表す一方で、語のもつ広がりを完全には映しきれていません。
英語の devotion は「一方的にひたむきに捧げる」という方向性が強い言葉です。これに対し bhakti は、語根 √bhaj の「分かち合う」という原義(→語源欄)を引きずっており、捧げると同時に、神との関わりに与(あずか)り、その恵みを分かち合うという双方向の含みを持ちます。そのため研究者はしばしば、bhakti を単なる devotion ではなく「participation(参与・分有)」として捉え直します。
日本語では「信愛」「献身」と訳されることが多く、どちらも定着した良訳ですが、やはり原語のニュアンスを完全には尽くしません。「信愛」は信じて愛する心の側面を、「献身」は身を捧げる行いの側面をよく捉えますが、bhakti にはその両方に加えて「分かち合い」の響きが含まれています。どの訳語も原語の一面を照らす窓であって、複数の訳を重ねて初めて bhakti の全体像に近づける、と考えるとよいでしょう。
原典との関係
バクティを主題とする専門の原典が、複数あります。
まずナーラダ・バクティ・スートラ(NBS)です。全84のスートラから成り、「いまよりバクティを説く」(NBS 1)と宣言したのち、その本性を次のように規定します。「それは、かの方への至高の愛を本性とする」(sā tv-asmin parama-prema-rūpā、NBS 2)。続けて「その本性は不死である」(NBS 3)。
同じくバクティを論じたシャーンディリヤ・バクティ・スートラ(ŚBS)は全100スートラ。「バクティとは、主への至高の愛着である」(sā parānuraktir īśvare、ŚBS 2)と定義します。
この二書が専門の書として存在すること自体が、バクティが独立した探究の対象であったことを示しています。
ただし注意が要ります。両書とも古代の聖仙(ナーラダ、シャーンディリヤ)に帰せられていますが、NBS の成立は比較的新しく、作者不詳のまま10世紀前後とみられています。バクティの実践は古く、それを体系的に論じた書は新しい——この時間差そのものが、バクティが長らく理論より先に生きられてきたことを物語っています。
バーガヴァタ・プラーナ(BhP)は、バクティを「人にとって至高のダルマ」と位置づけ(BhP 1.2.6)、さらにバクティの九つのかたち(ナヴァダー・バクティ)を挙げます(BhP 7.5.23)。
- シュラヴァナ(śravaṇa/श्रवण) — 聞く
- キールタナ(kīrtana/कीर्तन) — 唱える
- スマラナ(smaraṇa/स्मरण) — 憶念する
- パーダ・セーヴァナ(pāda-sevana/पादसेवन) — 御足に仕える
- アルチャナ(arcana/अर्चन) — 供養する
- ヴァンダナ(vandana/वन्दन) — 礼拝する
- ダーシヤ(dāsya/दास्य) — 従者となる
- サキヤ(sakhya/सख्य) — 友となる
- アートマ・ニヴェーダナ(ātma-nivedana/आत्मनिवेदन) — 自らを捧げきる
これを説くのは、幼き信愛者プラフラーダです。第10巻でクリシュナの生涯を豊かに語るこの聖典は、後のバクティ運動に決定的な影響を与えました。
バガヴァッド・ギーター(BhG)もまた重要な典拠ですが、位置づけには注意が要ります。ギーターはバクティを生み出したのではなく、すでにあったバクティを、行為や知識と並ぶ道として体系のなかに位置づけたのです(→バクティ・ヨーガ:原典との関係)。
🔗リンク
バクタ(bhakta/भक्त)
バガヴァット(bhagavat/भगवत्)
ナーラダ・バクティ・スートラ
シャーンディリヤ・バクティ・スートラ
バーガヴァタ・プラーナ
バガヴァッド・ギーター