定義
バガヴァッド・ギーター(Bhagavad-gītā/भगवद्गीता)は、戦場でクリシュナがアルジュナに生き方を説く対話を記した聖典です。
解説
ギーターは、一対一の対話として語られます。戦を前にしたアルジュナが、親族と戦うことにためらい、弓を捨てる、そこにクリシュナが応じるという構図です。
ただし、この対話にはもう一枚の額縁があります。読者が聞いているのは、実は御者サンジャヤが、盲目の王ドリタラーシュトラに戦場のようすを報告している言葉なのです。つまりギーターは「クリシュナがアルジュナに語ったことを、サンジャヤが王に伝えた記録」という二重の構造を持ちます。王が口を開くのは、全編でただ一度、冒頭の一節のみ(1.1)。あとはひたすら聞き手にまわります。
語源
バガヴァッド・ギーターは、バガヴァット(bhagavat/भगवत्)とギーター(gītā/गीता)の複合語です。連声により bhagavat + gītā → bhagavad-gītā となります(t が有声音の前で d に変わる)。
前半のバガヴァットは「恵み(バガ)をそなえた者」——動詞語根 √bhaj(分ける・分かち合う)に連なる語です(→バガヴァット)。この聖典の名は、バクティ・バクタと同じ語根を宿しているわけです。
後半のギーターは、動詞語根 √gai(歌う)の過去受動分詞 gīta「歌われた」の女性形です。接尾辞 -ta による過去受動分詞——バクタ(√bhaj + -ta)やユクタ(√yuj + -ta)と、まったく同じ作り方の語です(→バクタ:語源欄)。
直訳すれば「バガヴァットによって歌われたもの」、あるいは「バガヴァットの歌」。伝統的には尊称を冠して『シュリーマド・バガヴァッド・ギーター』(śrīmad-bhagavad-gītā)とも呼ばれます。
英語表記について
英語では Bhagavad Gita、しばしば単に the Gita と呼ばれます。題の訳としては The Song of the Lord、The Song of God、The Blessed Lord’s Song などが定着しています。
ただし、どの訳も前半の bhagavat を「主(Lord)」「神(God)」に置き換えている点に注意が要ります。バガヴァットは本来「恵みをそなえ、それを分け与える者」を意味する称号であって、God という語がもつ含意とは重なりきりません(→バガヴァット:英語表記欄)。日本語の「神の歌」「聖なる歌」も同じ簡略化を経ています。
原語の題が「分かち合う者の歌」という響きを持つのに対し、訳題はそこを「主」「神」と一語で畳んでしまう、つまり題の翻訳においてすでに、この聖典は一枚の層を失っているわけです。
なお、表記の揺れも多い語です。Bhagavad-gītā / Bhagavadgītā / Bhagavad Gita と、ハイフン・分かち書き・発音区別符号の有無が入り混じります。本辞典では見出しを Bhagavad-gītā、略号を BhG とします(→凡例)。
マハーバーラタとの関係
ギーターは独立した書物として書かれたものではなく、叙事詩『マハーバーラタ』(MBh)の一部です。第6巻「ビーシュマ・パルヴァ」——クルクシェートラの戦いの最初の十日間を描く巻——のなかに置かれています。
ただしその位置は、伝承系統によって揺れます。ギーターに当たるのは第23〜40章とする版と、第25〜42章とする版があり、写本の系統によって番号が異なります。同じ本文が、版によって別の番地を持つわけです。
物語の流れのなかでの位置づけも明快です。ビーシュマ・パルヴァは不吉な前兆の描写で始まり、地理と博物誌の一節を挟んだのち、ギーターに入ります。両軍が対峙し、いままさに戦が始まろうとする——その一瞬に、時間が引き延ばされるように対話が挿し込まれる構成です。
ギーターがもとから叙事詩の一部だったのか、後から挿入されたのかは、決着していません。この問いは、ギーターの成立年代の問題そのものでもあります。マハーバーラタ自体が数百年をかけて編まれた書物(おおむね前400年頃から後2世紀、一部はさらに後代とも)であるため、ギーターの年代もその不確かさを引き継ぎます。「いつ書かれたか」は、いまも未解決の問いです。
現代では、ギーターは叙事詩から切り離され、章を1から18に振り直して単独で読まれるのがふつうです。本辞典の引用もこの独立した番号に従います(BhG 2.47 のように)。この慣行そのものが、この一節が叙事詩の一部でありながら、独立した聖典として生きてきたことを示しています。
構成
全18章700詩節。詩節は主にアヌシュトゥブという韻律で綴られ、一詩節は八音節の四句から成ります。
語り手の内訳を見ると、この書物の性格がよく分かります。
- クリシュナ — 約574詩節
- アルジュナ — 約84詩節
- サンジャヤ — 約41詩節
- ドリタラーシュトラ — 1詩節(冒頭 1.1 のみ)
八割以上をクリシュナが語る、ほぼ一方向の教説です。対話の形をとりながら、実質は一人の語りに近い構成といえます。
詩節数には異同があります。 カシミール系統の写本は701詩節、南インドの伝承には745とするものもあります。ただし異同は比較的少なく、700が標準として広く受け入れられています。マハーバーラタ本体の写本が膨大な異同を抱えているのに比べると、ギーターの本文はきわめて安定しているといえます。
そして、この項目でもっとも注意すべき事実があります。
原典のギーターには、章題がありません。
「第2章 サーンキヤ・ヨーガ」「第12章 バクティ・ヨーガ」など、広く知られるこれらの章題は、原典にはなく、後代の編者や翻訳者が付けたものです。各章を「〜ヨーガ」と呼ぶ習慣も同様で、たとえばスワーミー・チッドバヴァーナンダは、各章が身体と心を訓練するという意味で、18章それぞれを個別のヨーガとして名づけました。
この事実は、読み方に一つの注意を促します。第12章が「バクティ・ヨーガの章」と呼ばれるのは、ギーターがそう名乗ったからではなく、後の人がそう読んだからです。章題は本文ではなく、本文の解釈なのです(→四大ヨーガ:近代における体系化)。
ヨーガとの関係
ギーターは「ヨーガ」という語を、一つの意味では使っていません。この聖典のなかで yoga は、行為の仕方を指すこともあれば、心の状態を指すことも、到達すべき境地を指すこともあります。
注目すべきは、ギーターが本文のなかで自らヨーガを定義していることです。しかも一度ではありません。
- 「平静が、ヨーガと呼ばれる」(samatvaṃ yoga ucyate、2.48) — 成功にも失敗にも揺れない心のありよう
- 「ヨーガとは、行為における巧みさである」(yogaḥ karmasu kauśalam、2.50) — 行いの質として
- 「苦との結合からの分離を、ヨーガと知れ」(duḥkha-saṃyoga-viyogaṃ yoga-saṃjñitam、6.23) — 何であるかではなく、何からの離脱かとして
三つの定義は、互いに置き換えられません。そしてそれが、この聖典の性格を語っています。ギーターは「ヨーガとはこれである」と一つに絞る書ではなく、複数の角度からその語を照らす書なのです。
三番目(6.23)は、ことばの上でも見事です。サンヨーガ(saṃyoga/संयोग、結合)、ヴィヨーガ(viyoga/वियोग、分離)、ヨーガ(yoga/योग)——三語すべてが語根 √yuj(結ぶ)から生まれています。「結合からの分離が、結びである」。シャンカラはこれを「否定による定義」と呼びました。
なお、ギーターの各章が「〜ヨーガ」と呼ばれる習慣は、原典に由来しません(→構成欄)。章題としてのヨーガは後代の読み方であり、本文中のヨーガは、上に見たとおりもっと生きた語として使われています。
クリシュナとの関係
ギーターにおけるクリシュナは、まず御者(サーラティ/sārathi/सारथि)です。アルジュナの手綱を取り、戦場のただ中に馬車を進める——しかし彼自身は武器を取りません。この戦において戦わないと誓っていたからです。教えを説く者が、戦いの外に立っているという構図は、この聖典の骨格そのものです。
そしてクリシュナは、アルジュナにとって親族であり、友でもあります。対話が成り立つのは、この近さゆえです。
ギーターが際立つのは、クリシュナが一人称で語る点にあります。バーガヴァタ・プラーナがクリシュナの生涯を三人称の物語として語るのに対し、ギーターのクリシュナは「私を信愛せよ」「私に心を向けよ」と、自ら名乗り、自ら求めます。神が、自分について直接語る——この形式が、後のバクティ伝統に決定的な足場を与えました。
ただし、その正体は最初から明かされているわけではありません。第11章で、アルジュナはクリシュナに本来の姿を見せてほしいと願います。そして目にしたのは、親しい友の顔ではなく、あらゆるものを呑み込む恐るべき宇宙の姿(ヴィシュヴァルーパ/viśvarūpa/विश्वरूप)でした。
「私は時である。世界を滅ぼす、育ちきった時である」(kālo’smi loka-kṣaya-kṛt pravṛddho、11.32)
アルジュナは怯え、これまで友として気安く接してきたことを詫びます。親しい友が、恐るべき者であった——ギーターのクリシュナは、この落差を抱えた存在として描かれます。
バクティの伝統が愛したクリシュナが「近づきやすい神」であるとすれば(→バクティ:クリシュナとの関係欄)、ギーターのクリシュナはその近さの底に、計り知れないものを湛えた神です。同じ神格の、別の顔といえます。
🔗リンク
クリシュナ(kṛṣṇa/कृष्ण)
アルジュナ(arjuna/अर्जुन)
サンジャヤ(sañjaya/सञ्जय)
ヴィシュヴァルーパ(viśvarūpa/विश्वरूप)
サンヨーガ(saṃyoga/संयोग)/ヴィヨーガ(viyoga/वियोग)6.23。√yuj 語族
バクティ(bhakti/भक्ति)
バクティ・ヨーガ
バクタ
バガヴァット(bhagavat/भगवत्)